October 24, 2008
 たしかに、今の世で表現を事とする人は、ネガティーヴなもの、否定的なものというより、無いものに関して、つまり、何かの欠如を語るにはかなり長けている。ところが文章というものは、仮にひとつの現実のごときものを提供するものだから、ないないづくしでは埒があかないのです。

若い人の小説を読む機会が少々ありますけれども、優れたところはどこかというと、何かの欠如を探り当てる感覚です。しかしそれで押していくと、小説は展開しない、終わりにならない、という悲しさがあります。

断定がとぼしいと、文章は成り立ちにくい。書く手がいたずらに正確さへの良心に付いて、もっぱら留保とか推測、あるいは疑問形によって書くとしたら、これは読むに耐えないものになる。読むほうとしても、足の踏んばりどころがない。仮にも断定を打ち出さなければならない。ところがこの断定がむずかしい。留保とか推測を踏まえた上での断定なので、また入り組む。ひょっとすると、現代人はほんとうには文章を書けないんでないか、などとうたがわれることもあります。
「ロベルト・ムージル」 古井由吉 岩波書店 p150

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