January 7, 2012
ホワイトハウスは、明白にほかのノイズバンドとちがう。ノイズといっても、ほかのバンドはロック的な開放感で成り立っている。ジミヘンのギターパートが延々続いていくようなものだ。しかし、ホワイトハウスの音を聴いてると、首を絞められながらも、外に向かわずに中に行くようなどんどん内に行くような、妙な開放感がある。
あえて説明しておけば、僕の好きだったノイズバンドは予測不可能なフレーズを楽しむのではまったくない。むしろ短調で、予想道りのことしか起こらずに、聴いてると何が楽しくてこんなことやってるのか、というハテナマークが出てくる。だから面白いのだ。構成が生まれれば単調さは消えてしまう。
でもあのバンドが日本でウケるという状況は、まったくありえない、今でも同じく、まったくだれも聴いていない。だから、親は心配しただろう。何しろ、ずっと部屋にこもって爆音で聴いていたのだから。一時期あの一柳展也がホワイトハウスマニアだったという噂が事件の当時からあった。この噂は絶対に嘘だ。
学校の友達にも、ホワイトハウスを好きどころか、知っている人もいない。出入りしていたレコード屋のアンちゃんと話をするぐらいだった。とにかく、暗い情念が渦巻いている日々だった。よく殺人衝動が起きなかったものだが、実は、ありえない。本当の暗いものが好きな人は人を殺さない。極端なところに行く人間は、現実の行動が伴わない。世界のすべてに憎悪を込めてホワイトハウスを聴けば、黒いものがすべて発散された。
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January 6, 2012
「Quick Japan」でも、赤田祐一にだまされて、やりたくもないことをいろいろやっていた。 思い出したくもないが、サニーデイ・サービスの曽我部恵一くんとの対談は世間では名作だとされている。あれはひどい。 本当に曽我部くんに悪いことをしたと思っている。『ボクのブンブン分泌業』に入れようとしたら、許諾が下りなかったぐらいの名作である。 フォークについて語れといわれたけど、まったく無視。僕の性格の悪さが全部出ている。 呼び出されて、何か芸やれ、みたいな依頼が本当に不快で、頭に来ていたのだ。
あんな雑誌でやっていたら、どうしてもサブカルの人といわれる。仕方のないことだけれど、全く無自覚だった。「Quick Japan」は、創刊の頃から本当に下らない雑誌だと思っていて、ある時期から二度と仕事しない、という関係になった。
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暴力温泉芸者は、究極の無意味を目指すという、一つの批評の形をやってるつもりだったけれど、誰にも伝わらず、結局、好きなことをやっているだけでしょう、という話になってしまった。とはいえ、あの頃はまだ、世界は自分の知らないものや意味のわからないもので一杯、と言う認識が基本にあった。でも、今は、よくわからないうちに、自分の知っている範囲だけしか興味がなく、意味のわからないものは、すべてくずで、あってはならないものという世の中。
なぜ、みんな共感し合わなければならないのか。共感など全部嘘っぱちだということを率先して理解しなくてはいけないのに、逆だ。本当に腹が立つ。人はみな、なぜ生きているのかよくわからないまま、一人で死んでいく。どう頑張っても人間は孤独だし、ほんとうは何でもない。しょせん、それだけ。
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January 5, 2012
僕の知っていることは、ほとんど誰も知らない記号である。だから、ノイズや映画の話はあまりしていない。こういう形で振り返っているから、どうしても固有名詞が出てきてしまうけど、基本的にひけらかすのは嫌。マイナーな領域については、固有名詞でしか語りえないけど、どうしても抵抗がある。映画のことを書くときも、ネックになっていた。
昔、ブックセンターでバイトしていた時、国書刊行会、のアレイスター・クロウリーが並んでいる本棚の前で、およそクロウリーと関係のない野球帽をかぶった少年たちとキャバ嬢っぽい姉ちゃん二人がいて、
「あ、アレイスター・クロウリー」
「ああ20世紀最大の魔術師と言われている」
という状況を二回続けて見たことがある。ハハハ。とてつもなく嫌な感じ。
分析していくと、藤子不二雄のマンガに出てくるような知識のひけらかし方がすごく浅くて、気持ちが悪い。固有名詞を説明するところがすごく野暮臭いと言うか、わさとらしいというか。
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ある秋の一日、一緒に映画に行こうという話になって、もう一人彼の友だちが来て三人で「死霊のしたたり」(1985)を観た。初対面の友だちの連れは内向的で話しかけにくかったことをよく覚えてる。映画について話してるうちに、しょうもないケンカになり、嫌になって、僕は二人を置きざりにして帰った。
二、三日、バイト先でお昼を食べて店に帰ってくると、何々君が来ていたよと同僚がいう。ほとんど会話しなかった友だちの連れだ。なぜ、わざわざ僕の店まで訪ねてきたのか。ちょっと変だったけれど、連絡先もわからないので、そのまま放っておいた。
翌日、親が新聞を見ながら「お前もこんな事件に巻き込まれるんじゃないのか」という。紙面を見ると高2の少年が出刃包丁で刺し殺されたという記事が載ってる、名前を確かめると、映画を一緒に観たあの二人が当事者。二人は中学校の同級生で、一緒に8ミリ自主映画を作っていた。僕の友だちの方は高校を辞めて撮るほど一生懸命だったけれど、刺しさ方には学業もあって親から映画なんか止めなさいと反対され、揉め事が絶えなくなり思い悩んで犯行、という単純な話。後ろから心臓一突きで、出血多量の即死。ショックだった。あのケンカがなければ、友だちは死ななかったのかもしれない。
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「SFマガジン」のJ・G・バラードの特集を読んだら、シュールレアリスムがすごく重要なファクターだという話をするために、”ポール・デルヴォーの絵を見れば、なぜ裸の人が歩いているのか、妙に思わないだろう”と書いているのを読んだ。こんなわかりやすい説明でないとシュールレアリスムが伝わらないのか、という絶望感はすごいと思った。
わからないものはみんな偉そうで高尚なものだと思ったり、通向けのものだと思ったりする。この貧困さは何だろう。みんな、精神が貧しくなっている。本当の意味で孤独になり、この世界がいったい何のために存在するのか、という根源的なところまでは決していかない。わからないものはすべてないものにする状況は何なのか。だから自分の知らないことはみんな悪口をいう、僻み根性の人間ばかりもてはやされる。今後はどうなるだろう。どうせ、アニメや漫画ばかり語られる悪い方向にしか行かないさ。
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ありがちだけれど、オナニーの量は半端なかった。それがさらにいけなかった。ハハハ。性的妄想の塊で、外人の裸が大好きだった。中学生の頃から女の子と映画を観に行ったりしていたけれど、目の前にいる子は、現実的な対象ではない。だから、方向性はまったくちがうけれどオタクの悪口をあまりいえない。
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December 16, 2011
April 30, 2011