June 15, 2008
「カニグズバーグ作品集 3 ぼくと〈ジョージ〉 ドラゴンをさがせ」
E・L・カニグズバーグ 岩波書店 読了。
1 year ago
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July 18, 2008
August 29, 2008
「ブラッカムの爆撃機-チャス・マッギルの幽霊 ぼくを作ったもの-」
ロバート・ウェストール 岩波書店 読了。
1 year ago
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October 20, 2008
October 23, 2008
「愛の完成・静かなヴェロニカの誘惑」 ムージル/作 古井由吉/訳 岩波書店 読了。
1 year ago
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この「特性のない男」の初めのほうで、主人公が朝、新聞を読んでいる。時代は一九一三年、第一次世界大戦の前夜、場所はオーストリアのウィーンです。新聞を読んでいて、ある単語を目にとめて呆気にとられるのです。「天才的な(genial)競走馬」という言葉が使われている。いまどきスポーツ新聞などではいくらでも使います。ところが主人公は目を剥く「近ごろスポーツ選手によく、天才的なという言葉を使う。これさえ驚いてたのに、とうとう馬にまで使うようになったか」と。
天才Genie あるいは天才的genialという言葉はもともともおもに芸術、文学、哲学、学問のような分野に当てられたものなのでしょう。天才的な政治家、もある。天才的な弁舌家、革命家、軍人、というのもあるでしょう。要するに人にかかわるもので、しかも本来その人間の個性、人格、そして精神に深く関わるものと考えられてきた。だからスポーツ選手みたいな、肉体の運動能力につけられることにさえ違和感があった。それがとうとう馬にまできた。つまり人が落ちてしまったわけです。
そこから主人公はいろいろと考えを試みる。「天才的な」という言葉は人にかかわるものだと思っていたけれども、馬にもつけられるようになったということは、いまやもっぱら行為とか業績、行いのほうにかかわるものらしい、つまり主体の内実はもう問題ではなくて、それが何を行ったか、どれだけすぐれたことを行ったか、それにかかわるようになった、と。これもひとつの時代なんですね。
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October 24, 2008
たしかに、今の世で表現を事とする人は、ネガティーヴなもの、否定的なものというより、無いものに関して、つまり、何かの欠如を語るにはかなり長けている。ところが文章というものは、仮にひとつの現実のごときものを提供するものだから、ないないづくしでは埒があかないのです。
若い人の小説を読む機会が少々ありますけれども、優れたところはどこかというと、何かの欠如を探り当てる感覚です。しかしそれで押していくと、小説は展開しない、終わりにならない、という悲しさがあります。
断定がとぼしいと、文章は成り立ちにくい。書く手がいたずらに正確さへの良心に付いて、もっぱら留保とか推測、あるいは疑問形によって書くとしたら、これは読むに耐えないものになる。読むほうとしても、足の踏んばりどころがない。仮にも断定を打ち出さなければならない。ところがこの断定がむずかしい。留保とか推測を踏まえた上での断定なので、また入り組む。ひょっとすると、現代人はほんとうには文章を書けないんでないか、などとうたがわれることもあります。
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「魂」は「人間」と同義語にも使いますね。ロシアのゴーゴリの長編小説に「死せる魂」というのがあります。たいそうロマンティックな表題で、若い頃に表題に惹かれて読みましたが、要するに「魂」とは「人間」ということだったんです。だから「死せる魂」とは、死人のこと、しかも複数です。さらにまた、幽霊人口のことだった。農奴がいる。かなり粗雑な戸籍だったらしい。死んでも抹消されない農奴がいたそうです。そういう農奴の戸籍を掻き集めて、頭かずをそろえて、領主の身分を偽って高級詐欺を働くという、一種の冒険小説なんですけれども、せっかくの表題だから綺麗に訳しちまったのでしょうね。
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November 3, 2008
November 26, 2008
「河合隼雄著作集 第2期9 多層化するライフサイクル」 河合隼雄 岩波書店 読了。
1 year ago
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