「夜のピクニック」 恩田陸 新潮社 読了。
1 year ago
「夜のピクニック」 恩田陸 新潮社 読了。
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「図書室の海」 恩田陸 新潮社 読了。
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「チョコレートコスモス 」 恩田陸 毎日新聞社 読了。
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「月の裏側」 恩田陸 幻冬舎 読了。
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「象と耳鳴り」 恩田陸 祥伝社 読了。
「劫尽童女」恩田陸 光文社 読了。
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「小説以外」 恩田陸 新潮社 読了。
1 year ago読書の時間
読書とは、突き詰めていくと、孤独の喜びだと思う。
人は誰しも孤独だし、人は独りでは生きていけない。
矛盾してるけど、どちらも本当である。書物というのは、
この矛盾がそのまま形になったメディアだと思う。
読書という行為は孤独を強いるけど、独りではなしえない。
本を開いた瞬間から、そこには送り手と受け手がいて、
最後のページまで双方の共同作業が続いていくからである。
本は与えられても、読書は与えられない。
読書は限りなく能動的で、創造的な作業だからだ。
自分で本を選び、ページを開き、
文字を追って頭の中で世界を構築し、
その世界に対する評価を自分で決めなければならない
それは、群れることに慣れた頭には少々つらい。
しかし、読書がすばらしいのはそこから先だ。
独りで本と向き合い、自分が何者か考え始めた時から、
読者は世界と繋がることができる。
孤独であるということは、誰とでも出会えるということなのだ。
読書というのは不思議な行為で、
アダプターもコンセントも必要としないし、
道具も不要、空間の消費はほんの少し。
生まれつき怠け者の私には最高の娯楽である。
しかも、この娯楽の面白いところは、徹底的に個人的で、
しかも極めて能動的であるということだ。
電車の中で分かる通り、なぜか人は目で追っている活字を
他人に一緒に追われるのを非常に嫌がる。
また、自分で本の表紙を開けて一字一字目で追っていくという動作をしなければ、
どんな大量の書物を持っていたとしても、読書という行為が永遠にスタートすることはない。
世の中はますますビジュアルかが進み。
ビジネスも人生も生活も、全てがリアルなゲームソフトとなっていく。
今ほど、物語が絨毯爆撃のように隅から隅まで貪欲に消費されている時代はないだろう。
その一方で、現代ほど物語がつまらなくなっている時代も。
人々はもっともっと物語を求め続け、片っ端から食い尽くす。
ひたすら食べるだけで、食べれば食べるほど飢えは増す。
過食症と同じで、食べるという行為自体に目的を見つけてしまうからだ。